近代日本の身装文化(身装画像)
説明 数奇な人生を辿った田村松魚の自伝風な作品。回顧談だから出てくる風俗はいまのものではない。この四点はほぼ日露戦争(1904年,1905年)後、1910年代のものと見られる。第61回で総括すれば、髪型は、人による違いの大きいものであることがよくわかる。自分の好み、これが自分に似合っている、という納得は、そう簡単には変わらないらしい。新聞とか、商売人その他が言い立てる流行などというものは、笑って聞いておけばよいということは、大人ならだれでも知っている。五人のうち三人は廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)の束髪。一人は中央分け、もう一人は六四分けか。向こうを向いて座っている一人は、昔風にいえば下げ巻の束髪だが、もう一昔風にいえば馬の尾結び風で、要するにぐるぐる巻いただけか。腰掛けている女性は短めの髪をただ後ろで縛って下げている。古風にいえば切髪。第19回は石井鶴三による人妻で、かなり大きな廂髪の束髪。第24回は石井柏亭の描いた、洋画家の、三十五歳になる妻。中分けした毛を後で小さい髷に結んでいるが、少し髱(タボ=後ろ髪)もとっているらしい。第45回は中分けした髪を少し片一方に寄せて結んでいる。鶴三のタッチにはいつもどこか剽軽(ヒョウキン)さがあって、片方が美豆良のようなスタイルは、彼のイマジネーションのような気もする。(大丸 弘)
ID No. A18-086
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1918(大正7)年5月5日号 1面
画家・撮影者 石井柏亭(1882-1958)
小説のタイトル 歩んで来た道(24):素顔の写真(2)
作者 田村松魚(入江新八)(1874-1948)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2:[ヘアスタイル]
時代区分・年代 20世紀前半;1918(大正7)年
国名 日本
キーワード 真ん中分け;髱(たぼ)
男女別 女性
体の部分 頭部
関連情報 A18-085, A18-086, A18-088, A18-089