近代日本の身装文化(身装画像)
説明 「ことし女学校の卒業前といえば、いずれも十八九」と冒頭にあるが、1899(明治32)年の高等女学校令で、入学資格は(満)十二歳以上、修業年限は四年または五年と決められているので、実際はもう少し低い年齢だろう。もう入学を遅らせるという時代ではない。五人の娘はみな束髪。前割れや、毛束のかなり派手な扱いをしている子もいる。半襟がすべて濃い色であるのは、小さなはやりだったのかもしれないが、大きな流れとしては半襟は白地のものが多くなり、さらに無地のものが好まれるようになっていった。(大丸 弘)
ID No. A17-110
出典資料 国民新聞
発行年月日 1917(大正6)年3月12日号 6面
画家・撮影者 公文菊仙(公文菊僊)(1873-1945)
小説のタイトル 天眼通(27)
作者 村上浪六(1865-1944)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D7jog:[女学生]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Vhao:[羽織]
Vhan:[半襟]
時代区分・年代 20世紀前半;1917(大正6)年
国名 日本
キーワード 女学生;前割れ
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥;群像