近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京築地の精養軒での結婚披露宴の後、新婚の夫婦は新婚旅行に。これは新婚旅行の早い時期の例になる。この時代は結婚初夜は嫁いだ家で、という考えがふつうで、だから翌朝だれも起きない先に、婚家の馴れぬ台所に立つ心得が、大事なこととしていろいろ教えられている。また医家の中には、専門的立場から新婚旅行に反対する意見もあった。挿絵はたぶん東京駅での、出発の挨拶を両親たちとしているシーン。「八重子は束髪に結い変えた頭髪を思わず垂れて、“お父様。どうぞご心配なく(……)”」とある。この後の洋髪の時代に比べると、高島田を束髪に結い変えるのは容易で、商売人なら十五分もかからない。(大丸 弘)
ID No. A16-122
出典資料 時事新報
発行年月日 1917(大正6)年1月20日号 8面
小説のタイトル 虚栄(11)(1)
作者 長田幹彦(1887-1964)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Wkas:[傘]
G3:[駅舎;空港]
時代区分・年代 20世紀前半;1917(大正6)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 新婚旅行
男女別 男性;女性
体の部分 全身