近代日本の身装文化(身装画像)
説明 中善寺湖畔の貸別荘で、滞在中のアメリカ人富豪の夫妻が強盗によって殺害された。犯人の姿を目撃した女中の証言では、「曲者は覆面の下に半天と股引を着けた日本人で、其の半天の背中には丸に京の字が染抜いてあった」とのこと。女中が正確にはどう言ったのかわからないが、この挿絵の通りだとするとこれは覆面というより頬被りだ。顔を隠すのには鼻の下で結ぶのがよい。だからそういう被り方を盗人(ヌスット)被りという。この恰好は江戸時代からこの時代まで、職人が十人の内八九人迄はしていた。しかし足のつきやすい印半天で泥棒に入るのはあまり利口ではない。それに半天はばたばたし易く、身を隠したり、敏捷な動きをするにも不向きだ。逆手に持っているツバのない刃物は九寸五分という。ほんらいは鎧通しとして鎧の草摺の下などに隠し持つものだが、女持ちの懐剣としての方がよく眼にする。また博徒などが懐にしているのもこれ。(大丸 弘)
ID No. A16-103
出典資料 都新聞
発行年月日 1916(大正5)年10月9日号 3面
画家・撮影者 井川洗厓(1876-1961)
小説のタイトル みゆき物語(1)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Vhat:[半天;どてら]
Vmom:[股引]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
時代区分・年代 20世紀前半;1916(大正5)年
国名 日本
特定地域 栃木;中禅寺湖半
キーワード 強盗;盗人被り;盗人かぶり;刃物
男女別 男性
体の部分 全身