近代日本の身装文化(身装画像)
説明 出獄した男を出迎えて、巣鴨からそう遠くない小料理屋の二階へ連れ込んだ女、「年の頃二十五六の年増盛り、荒い格子のお召しの袷に、おなじ茶の小弁慶の書生羽織、洗い髪を無造作な束髪にしているが、其の姿恰好から推して、何屋の何子と云う芸名のあるべきはずの女」という柳橋の芸者。かたわらの合財袋から取り出そうとしているのは、男が頼んであった白鞘の一口(ヒトフリ)。書生羽織というのは、もともと木綿の綿入の長羽織を言ったので、明治の初めには書生たちの着る、外套代わりの粗末なものだったが、この時代になるとこの女が着ているような、ずっと高級化したものが現れていた。女のきものの合わさりはふつうだが、襦袢の襟はふかく打ち合わせている。こういう着方はこの時代のひとつのやり方でもあるが、丈長の書生羽織同様、朝がひどく冷えるためでもあろう。(大丸 弘)
ID No. A16-090
出典資料 都新聞
発行年月日 1916(大正5)年1月15日号 3面
画家・撮影者 井川洗厓(1876-1961)
タイトル
小説のタイトル 将軍の娘(2):白鞘の一口
作者 小原柳巷(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Vhan:[半襟]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀前半;1916(大正5)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 小料理屋;粗い格子の御召;小弁慶の書生羽織;合財袋
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥
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著作権情報
備考