近代日本の身装文化(身装画像)
説明 二十歳を少し過ぎたくらいの娘、束髪は前割れや大きく膨らませたものなど多様だったが、万人好みの、標準的なかたちはこの娘の結っているスタイルと考えられる。廂(庇)(ヒサシ)の出し様は、人にもよりその日にもよるが、髷が平べったく、目立たなくなったのも特色。束髪をハイカラと呼ぶようになったのはほぼこの時代(→年表〈現況〉1918年9月 箕面あかし「所謂大阪っ子婦人の変わった風」【婦人画報】1918年9月)。ハイカラという言葉はこの時代の流行語で、モダンというのとだいたい同じ意味だが、髪型のハイカラというのはそれとはちがい、特定の髪型を指す固有名詞。廂はこのころからだんだんと出さなくなってゆく。(大丸 弘)
ID No. A16-036
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1917(大正6)年1月5日号 6面
画家・撮影者 名取春仙(1886-1960)
小説のタイトル 波の上(21)
作者 正宗白鳥(剣堂小史)(1879-1962)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
時代区分・年代 20世紀前半;1917(大正6)年
国名 日本
キーワード ハイカラ
男女別 女性
体の部分 上半身
関連情報 A16-033, A16-035, A16-036, A16-037, A16-041, A16-042, A16-043