近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大磯の別荘での結婚式に乗り込む仲人夫妻たち。仲人を含め、婚礼に臨む男の正装は、五所紋の黒紋付羽織に仙台平の袴がまず一般的となり、紋の大きいのが目立つ。明治期の黒靴はもう滅多に見られず、黒の山高帽を被る人はそう多くなく、昭和にかけては階層によっては袴も消えてゆく。女性は黒の裾模様の下着は白無垢の二枚襲。ただし、髪はこの時期になってまったくデカダンになった。前割れで、しかも左右アンバランスの束髪が一般化してきたために、ゴテゴテとまるで、土塊のようにしか見えない髪型がめずらしくなかった。新聞挿絵の女性には浮世絵風の決まりきった顔は少なくなり、画家は個性や表情を生き生きと表そうとするようになったため、ときにはマンガのようなタッチが見られる。手前の、襟付きのきものを着た娘の髪は、下女風の銀杏返し。(大丸 弘)
ID No. A15-051
出典資料 読売新聞
発行年月日 1915(大正4)年12月19日号 8面
画家・撮影者 石井滴水(1882-1945)
タイトル
小説のタイトル 虎公(56):浦島家(5)
作者 佐藤紅緑(1874-1949)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jkr:[婚礼と、その関連行事,花嫁]
D5re:[フォーマルウエア;礼装;お祝い着]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
D2ic:[銀杏返し]
Vka:[掛襟]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀前半;1915(大正4)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 神奈川;大磯
キーワード 結婚式;山高帽子;黒紋付き羽織
男女別 男性;女性
体の部分 上半身
関連情報
著作権情報
備考