近代日本の身装文化(身装画像)
説明 姑との折り合いが悪く、婚家を出て親戚のところに身を寄せている嫁。まだ高島田のままで、その上に手拭いを掛けて、朝餉の支度を手伝っている。そろそろ結婚話が聞こえてくる十七,八ぐらいの年からはじまって、この時代の女性には念入りな厚化粧を毎朝欠かさない人が多かった。若い女性が四,五人もいる部屋は、白粉のにおいでのぼせるようだったと、戦後になって老人が述懐している。もちろんそれは朝食の支度を女中に任せているような階層の女性の話にはちがいないが、第一次大戦後、一般に生活が向上し、着飾ること、髪や顔の手入れに金と時間をかけることを許される女性が、増えたためだろう。美容院や美顔術というよりも、婦人雑誌などを熱心に読んで、湯化粧などのお面のような白塗りをする人が、けっこうインテリの中にも少なくなかった。(大丸 弘)
ID No. A14-018
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1915(大正4)年1月1日号 1面
画家・撮影者 幡恒春(1883-1944)
小説のタイトル 勝鬨(かちどき)(108)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7sh:[小説のヒロイン;挿絵美人(この年の評判小説中の美人)]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Vtas:[襷]
D1kes:[化粧;表情;容貌]
時代区分・年代 20世紀前半;1915(大正4)年
国名 日本
キーワード 姉さん被り;姉さんかぶり;姐さん被り;姐さんかぶり;白塗り
男女別 女性
体の部分 頭部;上半身