近代日本の身装文化(身装画像)
説明 流れてゆく舟を目指して、暴風雨の海に飛び込もうとする若者。男の身体の筋肉の描きようがまずいために、長袖の白いシャツでも着ているように見えるが、下穿き一枚である。男性の下穿きはふつう猿股といった。半纏着の男たちの下半身には股引か半股引が用いられ、膝下まではある半股引より短いものが猿股で、事例は少ないが江戸時代からあることはあった。猿股が絵の中に出てくることは稀だが、明治時代の例ではたいていがこの挿絵のような太い横縞だ。猿股はごくゆるい仕立てで、メリヤス製が多く、トップに通した細紐で締めるようになっている。これは同じ時代の男女海水着と共通する。越中褌(フンドシ)に慣れた男性がゴム紐のパンツを穿く前に、このタイプの猿股の時期を経た。1920年代(大正後半~昭和初め)以後、衣料にゴムがさかんに使われるようになると、ゴム紐入りの猿股が現れる。いちいち紐を結ばずに済むので便利なのに、なぜか大人の男は戦前は紐結びを好む傾向があったようだ。ゴム入りのパンツを穿いたのは、太平洋戦争以前はほとんど子どもだけだったかもしれない。ゴム入りの猿股はもっぱら男の子用で、子どもはパンツと呼んだ。(大丸 弘)
ID No. A13-009
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1913(大正2)年5月8日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 裸:海獺島(あしかしま)(8)
作者 根本吐芳(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Vwas:[和装下着]
時代区分・年代 20世紀前半;1913(大正2)年
国名 日本
キーワード 猿股
男女別 男性
体の部分 全身