近代日本の身装文化(身装画像)
説明 親を亡くした姪と甥とを伴って立ち去ってゆく金貸しの老人。それを見送っているこの土地の網元と、東京帰りの若者。網元の身なりはこの回の冒頭に詳しい。「褞袍(ドテラ)のような大漁祝いの衣裳」とあるように、この万祝い、あるいは間祝いといわれる衣服は、祝いの行事などに網元から漁師に送る綿入りの派手な長半纏で、犢鼻褌(タフサギ)ひとつの上からこれをひっかければ、寒中の海上でも凌げる作業衣が本来の用途だったろう。『風俗画報』第224号に、「間祝いと称して大漁ありし節に、新調せし彩色模様附の褞袍(但彼等の礼服にして模様は宝来山、鶴亀、浦島若しくは鹿島踏り等なり)を着して(……)参拝するを例とす」とある。ここでは模様を省略して描いている。(大丸 弘)
ID No. A13-003
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1913(大正2)年2月19日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 裸(5):冬の海辺(5)
作者 根本吐芳(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhat:[半天;どてら]
時代区分・年代 20世紀前半;1913(大正2)年
国名 日本
キーワード 網元;正ちゃん帽;大漁祝いの衣裳;大漁着;万祝(まいわい);鳥打帽子;鳥打ち帽子;ハンチング帽;狩猟服
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身