近代日本の身装文化(身装画像)
説明 家庭夫人たちの買い物すがた。行く先は近くの歳暮売出し中の神楽坂商店街。女性たちはみな羽織の上に襟巻をして、このまま近くの活動写真でも見に行っていいような風。身体の閑な夫の一人が、散歩がてら後からついてくることも、そんな気分から。毎日要るものの多くはご用聞きを寄越す商店や、女中の買い出しに頼っていた。そうした店、酒屋、八百屋、肉屋、魚屋、パン屋、米屋などは散在していて、商店街と言えるほどのものを形成していない場合が多い。日用の食料品を中心にした公設市場が大阪市の数カ所でつくられたのは1918(大正7)年のこと(『国史大事典』公設市場項)。奥さんの買物というと、食料のように毎日必要で、きまりきった、重いものではなく、衣料品や嗜好品、子どもの学用品やおもちゃ、ちょっとした思いつきで楽しみ買いするもの、そんなものが主になるから、その土地土地の商店街が繁昌する。出掛ける恰好についても、このままで電車に乗れるかとか、銀座まで出られるかとかいう思慮が、一つの基準になる。もちろんこれはみな女中のいる家庭の話。(大丸 弘)
ID No. A12-078
出典資料 時事新報
発行年月日 1912(大正元)年12月24日号 11面
小説のタイトル 悔恨(103)
作者 二宮熊次郎(二宮孤松)(1865-1916)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K011:[道幅のあまり広くない商店・飲食店街;歓楽街;映画館街]
D2ma:[丸髷]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Vhao:[羽織]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wtu:[杖;ステッキ;松葉杖]
時代区分・年代 20世紀前半;1912(大正元)年
国名 日本
特定地域 東京;神楽坂商店街
キーワード 買い物姿;肩掛け;書生羽織;マント
男女別 男性;女性
体の部分 全身
関連情報 A12-078, A12-079