近代日本の身装文化(身装画像)
説明 これから登校する二人の小学校三年生。「仕立て下ろしの絣の筒袖に、みじかい袴を胸から穿き、泥だらけの靴が地に着くとも見えず、黒と紫と、だんだらに染め分けた長い靴足袋がチラチラと(……)」というのは、裕福な家のお坊ちゃん。一方垢染みた縞のきものを着流しにして、帽子も被っていないのは貧乏人の小倅(コセガレ)。小倅の方が坊ちゃんに、きょう洋服を着てこないのは病気かい、と訊いている。身分はちがうが二人は仲良し。ふだんは洋服でいても、病気のときだけは和服を着る、というパターンは思いの外広く、女学校や企業、軍隊にさえ、「和服着用願い」という制度があった。この日の坊ちゃんがきものなのは、膝小僧に腫れものができ、ズボンだと擦れるため、という理由。膏薬(コウヤク)一枚で済むことなのになぜだろう。靴下を靴足袋と呼ぶのは明治初年から大体このくらいの時期まで。(大丸 弘)
ID No. A12-003
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1912(明治45)年5月23日号 4面
画家・撮影者 山本英春(生没年不詳)
小説のタイトル 三人の母(1):小さい二人
作者 小笠原白也(1873-1946)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D012:[男の子(小学生くらい)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Qkas:[絣]
Vham:[袴(男性)]
Wkus:[靴下]
Wzo:[草履;草鞋]
Wka:[鞄]
時代区分・年代 20世紀前半;1912(明治45)年
国名 日本
キーワード お坊ちゃま;貧乏人;学生帽;飛白の筒袖;竪縞のきもの;着流し;靴足袋;ストライプ;ぞうり
男女別 男児
体の部分 全身;坐臥