近代日本の身装文化(身装画像)
説明 いままでの島田を壊して束髪に結い変えた女。姐御といわれるような稼業の女で、仕事の内容次第で奥様になったり、お嬢さんになったり、芸者上がりになったり――。髪型だけでなく、着るもの、持ち物、着こなしなどに世間の固定観念が強かったので、化けるのが容易だった。もっとも、日本髪を壊して束髪にするのは簡単だが、逆はむずかしい。一緒の芸人は鳥打帽に夏外套。この外套は二重外套なので浴衣の時期には暑そうだが、女性の吾妻コート同様、最初の羅紗(ラシャ)地から、この時代には夏羽織のように薄い地のものができていた。(大丸 弘)
ID No. A11-039
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1911(明治44)年6月18日号 7面
小説のタイトル 高麗男(こまお)(10)
作者 江見水蔭(怒濤庵)(1869-1934)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vwa:[男性和装外套]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
Wme:[眼鏡]
時代区分・年代 20世紀前半;1911(明治44)年
国名 日本
キーワード 鳥打帽子;鳥打ち帽子;夏外套;サングラス
男女別 男性;女性
体の部分 上半身