近代日本の身装文化(身装画像)
説明 船酔いと疲れのため、下関に着いて宿で横になっても頭が痛む。「連絡船に揺られたので、だいぶ乱れた丸髷」とある。丸髷は上手に結ってあればひと月でも持つが、乱れ毛のないようにきれいに保たせるには、そのあいだに一,二回撫で付けに行き、また毎朝ていねいに櫛の歯を入れ、鬢(ビン)付け油をつける必要がある。この女性は宿の浴衣に細帯で横になっていたのだが、不意に部屋に人が訪れたのでその恰好を恥じ、衣桁に掛けてあった絽博多の自分の帯を巻きにかかった。宿の安浴衣であっても人前に出ることは差し支えないが、宿の貸す細帯では寝間着になる。(大丸 弘)
ID No. A11-037
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1911(明治44)年6月10日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 高麗男(こまお)(2)
作者 江見水蔭(怒濤庵)(1869-1934)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ma:[丸髷]
Vyu:[ゆかた]
時代区分・年代 20世紀前半;1911(明治44)年
国名 日本
特定地域 山口;下関
キーワード 乱れ毛;浴衣
男女別 女性
体の部分 上半身;坐臥