近代日本の身装文化(身装画像)
説明 韓国併合は前年8月のことで、早速、新聞小説には朝鮮ものが現れる。日清日露戦役で日本人は韓国と韓国人のことをあるていどは知っていたが、併合後はそれほど時をおかずたくさんの韓国人が日本に入ってきて、いろいろな面で好奇の対象になった。和服の改良のため朝鮮服を見習え、などというのもそのひとつ。ここでは、上衣(チョゴリー)、下衣(パチー)、足袋(ペスン)、草履(カックシン)が紹介されている。日本で朝鮮服というと、チマ・チョゴリの名はたいていの人が知っているが、それは女性服。(大丸 弘)
ID No. A11-036
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1911(明治44)年6月9日号 7面
小説のタイトル 高麗男(こまお)(1)
作者 江見水蔭(怒濤庵)(1869-1934)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D6ti:[地域的特色;民族服;東京と関西;山の手と下町]
時代区分・年代 20世紀前半;1911(明治44)年
国名 日本
キーワード 外国人;韓国人;朝鮮服;チョゴリ
男女別 男性
体の部分 上半身