近代日本の身装文化(身装画像)
説明 四国の松山を舞台にした小説。前年に同じ松山を舞台にした漱石の『坊ちゃん』が評判を取っているので、それを当て込む気がいくぶんかあったかもしれない。この場面はお客の帰ってしまったあとの芸者たちの、だれ気兼ねない無礼講。右の一人だけが雛妓(オシャク)。この絵のように、芸者が出の装束のままで崩れたポーズをしていると、腰から下の前を割って裾を曳いた部分が扱いづらく、いかにも邪魔、という印象がある。曳裾は所詮立ち姿のものである。(大丸 弘)
ID No. A07-057
出典資料 都新聞
発行年月日 1907(明治40)年10月23日号 3面
画家・撮影者 井川洗厓(1876-1961)
小説のタイトル 宝息子(1)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D3hi:[曳裾]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
特定地域 四国;愛媛;松山
キーワード 雛妓(すうぎ);半玉(はんぎょく);おしゃく;曳き裾
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥