近代日本の身装文化(身装画像)
説明 居酒屋の一室で、校長の蔭訴訟をする二人の教員。向こう側で大あぐらをかいて杯を手にしているのは古参の美術教師。縞のきものに白足袋、黒い羽織を着てその上から外套を引っかけている。この外套は和服の上から着る袖の広い、つまり角袖のもじりで、商人の旦那衆や番頭などが愛用した。手前の男は同僚だが事務職員を兼任している。このころまで洋服を着ていると一種の敬意を持って見られる面もあったが、現業の職員は早くから洋服を制服にしていたため、その視点からは、和服姿に比べて洋服の人間は安く見られる、という一面もあった。現業職員の洋服の多くは詰襟服(達磨服)だったから、とくに詰襟についてそういう認識があったかもしれない。手前の男も詰襟服らしい。(大丸 弘)
ID No. A07-012
出典資料 東京日日新聞
発行年月日 1907(明治40)年12月6日号 6面
小説のタイトル 剪綵花(つくりはな)(2)
作者 村山鳥逕(1877-没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4kyo:[教員]
D1hi:[ひげ]
Vhao:[羽織]
Vwa:[男性和装外套]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
Vta:[足袋]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
H000:[照明;照明具(一般)]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
キーワード 居酒屋;電灯;座布団;煙草盆;美術教師;事務職員;八字髭;顎鬚;竪縞のきもの;黒羽織;角袖;詰襟;達磨服;白足袋
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥