近代日本の身装文化(身装画像)
説明 貧しい暮らしの娘が華族様のお眼鏡にかない、にわかに磨き立てられて大勢の前に引き出される、というところ。幽谷織の幅広帯を胸高に結んでもらっている。江戸時代後期の女帯は現代と比べるとかなり幅が広かったらしいことは、清長・歌麿などの浮世絵からも推測できる。織物の幅も長さもまちまちだったからそれが可能だった。明治前期に絹織物を輸出するのに、その点についてのクレームが海外からあって、規格化が進んだ一要因になった。一体和装では、帯でも、きものでも、着る人の身体に余るようにたっぷりしているのを貴しとする風が平安時代からあり、サイズという観念はあまりなかった。娘の結っているのはイギリス巻であるという。イギリス巻は、上げ巻、下げ巻、マガレイト(マーガレット)などと並んで、1880年代後半(ほぼ明治10年代末)、最初に日本に紹介された洋風束髪のひとつ。ただし、その当時と比べると髪の毛全体が大きく膨らんで、一見するとむしろ日本髪に近く見える。ほんらいイギリス巻は髷を後頭部――上げ巻と下げ巻の中間辺りにつくるのがひとつの特色だったが、その点もかなりちがっている。(大丸 弘)
ID No. A07-003
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1907(明治40)年1月8日号 8面
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 懸賞小説第一等当選 嫁ヶ淵(8)
作者 小笠原白也(1873-1946)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7sh:[小説のヒロイン;挿絵美人(この年の評判小説中の美人)]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
キーワード イギリス巻
男女別 女性
体の部分 全身;上半身