近代日本の身装文化(身装画像)
説明 戦争で夫を喪った妻が、小学校に通っている子どもを抱えて、後家を立て通そうとしている。障子を開けている後姿は、その考えを変えさせようと試みる、もう少し世間を知っている妹。「当時流行る天鵞絨の肩掛を外して、それを障子の外に置きて、糸織の羽織着た肩を縮めて、にっこりともせず座に着いた」。障子の外は廊下なのだが、その廊下にショールをおくのは現代では理解できない。豊かそうな身なりの妹の髪は、「束髪に挿した菫の花釵(リボン)も、気のせいか媚びて見える」。後ろから見て、妹の束髪は前より横に広がっている。これでは廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)とはいえず、花月巻の時代に近いのかもしれない。髷の巻き様にはいろいろなスタイルがあったが、挿絵画家が知っていたとしても、挿絵の大きさでそれを表現するのはむずかしい。花月巻という名が有名になって、そうでないのまでも花月巻と呼んでいると、くさしている人もある。作者は「花釵」と書いて、リボンとルビを振っているが、これはルビのまちがいかもしれない。(大丸 弘)
ID No. A06-158
出典資料 報知新聞
発行年月日 1907(明治40)年2月6日号(夕刊) 8面
小説のタイトル 片割月(9):貢の金(1)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhao:[羽織]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
キーワード 花月巻風;花簪;糸織の羽織;ビロードの肩掛け;障子
男女別 女性
体の部分 全身