近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京の辻待ち車夫。人力車夫でも大きな旅館や個人の家の抱え車夫と比べて、辻待ち車夫は恰好も劣る。警察の規制がいろいろできて、明治初めのような不潔で乱暴な車夫はなくなったが、1903(明治36)年以後は市内電車の普及のため客の取り合いが熾烈になり、車夫の中には乱暴な口をきいて、女客を怖がらせる者もあった。「盲縞の股引におなじ法被、穿き減らした駒下駄」というのがこの主人公の姿。本式には同じ腹掛けに足袋はだしか、素足に草鞋がけ、饅頭笠か帽子、となる。駒下駄というのはほんらい差歯の日和下駄にたいして刳り下駄のこと。差歯に比べれば丈夫といっても、下駄ばきの車夫があったのだろうか。(大丸 弘)
ID No. A06-151
出典資料 報知新聞
発行年月日 1906(明治39)年10月15日号 5面
小説のタイトル 夫婦舞(47)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ji:[人力車夫]
Vmom:[股引]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 20世紀初め;1906(明治39)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 辻待ち車夫;法被;駒下駄
男女別 男性
体の部分 全身