近代日本の身装文化(身装画像)
説明 第1回と第72回とのあいだの、日にちの経過はそれほどではない。幼い三人の子をもつまだ二十代の母親で、東京高輪台の豪邸に住む一家の主婦。第1回はいままで経験のない、理由もなく帰りの遅い夫を待つさま。本文には洋間ということになっていて、画家の読み間違え。第72回は夫の容態が危険と告げられたとき。しかしそんなときに女学生が失恋したときのように、ハンカチをくわえたりするものだろうか。髪はどちらも廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)の束髪。廂髪は日露戦争(1904年,1905年)後のこのころ、大流行となどと新聞には書き立てられているが、本当の流行はもっとあとで、この時代はむしろ、髷を突出させるいわゆる二百三高地髷の方が印象的。既婚の女性はもはやリボンでもないから。髷の根には輪櫛や根巻を飾っている。(大丸 弘)
ID No. A06-075
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1906(明治39)年5月26日号 9面
小説のタイトル 母の面影(1)
作者 草村北星(1879-1950)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀初め;1906(明治39)年
国名 日本
特定地域 東京;高輪台
キーワード 庇髪;二百三高地髷;黒紋付き羽織
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥
関連情報 A06-075, A06-076