近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京の市内に手広い御屋敷が二カ所もあるような家のお嬢さま。いままで家庭教師による教育を受けていたが、今後は華族女学校に上がることになったため、馬車を使うか、近い屋敷の方に移るかしたいと、だだを捏ねているのが第14回(3)。手先を袖にくるんで口を押さえるのには深い意味はないが、所在のないときの手の扱いかたで、子どもっぽさを示している。髪は廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)。女学生は髷をつくらず、根を結んだあとはそのままか、編下げにして一,二カ所に大きなリボンをつけることが多い。第14回(4)はその少女に馬鹿にされた家庭教師が、悔しさから自室に戻って泣き伏す、という場面だが、挿絵では襦袢の袖口をひきだして咬んでいる。これが怒りや強い悲しみのしるしになる。髪はもちろん後ろで下げることはせず、大きく束ねてリボンを巻いている。女学生に比べて前髪がずっと大きいのが、下田歌子式などいわれるこの時期の流行だった。(大丸 弘)
ID No. A06-053
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1906(明治39)年12月18日号 7面
小説のタイトル 闇のうつゝ(14):覚めての夢(4)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhaf:[袴(女性)]
D801:[強い悩み・悲しみ・口惜しさ・羞恥の表現]
時代区分・年代 20世紀初め;1906(明治39)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 家庭教師;下田歌子式;竪縞のきもの;袖の扱い;袖を噛む
男女別 女性
体の部分 上半身
関連情報 A06-052, A06-053