近代日本の身装文化(身装画像)
説明 実父の死後母親が再婚し、二人目の父に娘は育てられた。その養父の勧める結婚話を拒んで、娘は実父の家を再興するため、婿をとりたいと言いだした。母親はそんなことよりも、養父への義理を考えろと迫る。娘には好きな人がほかにいるのだ。はなしは縺れているが、母と娘がこれほど大仰に泣いているのはやや不自然。母親の髪は老人の丸髷で、突っ伏している後頭部から、上に突きだしている篦のようなものが髷。二十歳前後の娘の母親にしては、年をとりすぎているように思えるが、明治時代の五十代の女性は、現代の六十代とみればよい。胸を抱いて袂で顔を押さえている娘の髪は、日露戦争(1904年,1905年)後のこの時期に流行した二百三高地。(大丸 弘)
ID No. A06-040
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1906(明治39)年10月16日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 闇のうつゝ(1):聟えらみ(5)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H6:[和座敷一般]
D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D006:[初老の女性(40~50歳代)]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D2ma:[丸髷]
D801:[強い悩み・悲しみ・口惜しさ・羞恥の表現]
時代区分・年代 20世紀初め;1906(明治39)年
国名 日本
キーワード 火鉢;火箸;薬缶(やかん);茶碗;二百三高地髷;突っ伏す;号泣する;しぐさ;袖で顔を覆う
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥