近代日本の身装文化(身装画像)
説明 初回は早春の東京上野山内の夜、手前に立ちはだかっている男は、「紺飛白の着物に紺飛白の羽織、太き洋杖(ステッキ)、鳥打帽子、三十年輩の老書生とも見える」。第2回ではこの男が山を下りて、同朋町のとある待合の玄関に姿を見せている。男の被っている鳥打は、耳覆いのあるいくぶん上等の品のようにも見えるが、いずれにせよ鳥打帽は帽子の中ではいちばん値段の安いもので、商店員や単純労働者に愛用され、欧米ではこのあと世界大戦を挟んで大流行する。紺絣と夏の白絣は、書生とかぎらず、小学生の男の子から二十代まで、若い男自身に好まれたばかりでなく、世間からも好ましいものと思われていた。紺絣のきものと羽織のお対(ツイ)も好まれたが、しかしきまりすぎていて、着る人によっては窮屈な印象もある。(大丸 弘)
ID No. A06-025
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1906(明治39)年7月18日号 7面
小説のタイトル 懸賞当選小説 罪の命(1):筏障子(いかだしょうじ)(2)
作者 物集高量(物集梧水)(1879-1985)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Qkas:[絣]
Vhao:[羽織]
Pu0:[アンダーウエア]
Vob:[帯]
Vta:[足袋]
Wge:[下駄;クロッグ]
G023:[日本式玄関構え]
時代区分・年代 20世紀初め;1906(明治39)年
国名 日本
キーワード 書生;鳥打帽子;鳥打ち帽子;紺飛白;羽織紐;シャツ;兵児帯;紺足袋;薩摩下駄
男女別 男性
体の部分 全身
関連情報 A06-024, A06-025