近代日本の身装文化(身装画像)
説明 女性の名前が作品の表題になるのはおよそこの時期からである。新聞小説の大部分は広い意味の家庭小説で、読者の関心はつねに、ヒロインの哀しい身の上だった。[大阪毎日新聞]の編集長でもあった人気作家・菊池幽芳は、その辺の読者の気持ちをよくつかんでいた。毛糸編物はすでに1880年代(明治20年代)に在留外国夫人から伝えられていたが、作品はほとんどアクセサリーとか腹巻のような小物で、チョッキ、セーター類が編まれるようになるのは1920年代以後である。(大丸 弘)
ID No. A05-089
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1905(明治38)年6月11日号 8面
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 夏子:愛と罪(3)
作者 菊池幽芳(あきしく)(1870-1947)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Qni:[ニット;編み物]
D002:[女の子(小学生くらい)]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
G043:[縁先;縁端]
時代区分・年代 20世紀初め;1905(明治38)年
国名 日本
キーワード 編物;棒針編み;エプロン
男女別 男性;女性;女児
体の部分 全身;坐臥