近代日本の身装文化(身装画像)
説明 江戸時代から続いている大阪・船場の両替商の一人娘とその入り婿。やがて生まれた赤ん坊に見入っている夫婦。家業を継いでいる婿は日々帳場でだいじなお得意とも面談する立場だから、たいていのときは羽織を着て過ごすだろう。ただし着ているものの柄や、無地かどうか、などという点は、挿絵は適当に描いているだけ、と思った方がよい。妻はこのころ流行りはじめた廂(庇)(ヒサシ)の突き出た束髪。髷は上に突出して二百三高地などといわれた。髷の根に四角い束髪櫛のほか、ときには石の入った飾りを添える。堅気の商家の女はそれほど後ろ襟を抜かないが、前は広くあけて半襟――襦袢の襟を幅広く見せ、刺繍なども使ったその柄行きが、女のおしゃれのポイントになっていた。(大丸 弘)
ID No. A05-039
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1905(明治38)年5月18日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 吉丁字(1)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jkp:[カップル(親子・夫婦・恋人・友人など)]
D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Vhao:[羽織]
Qkas:[絣]
D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhan:[半襟]
D3ut:[打合せ;襟あき;ぬき襟]
D000:[乳児;赤ん坊]
時代区分・年代 20世紀初め;1905(明治38)年
国名 日本
特定地域 大阪;船場
キーワード 商家の若夫婦;飛白のきもの;羽織紐;二百三高地髷;竪縞のきもの
男女別 男性;女性
体の部分 上半身