近代日本の身装文化(身装画像)
説明 1887(明治20)年頃に流行した束髪がしばらく下火となり、その後ふたつの対外戦争が復活のきっかけとなった、その背景を窺うことのできる資料。具体的になにをするのかは解らないが、とにかく私たち女性も戦争に協力しなくてはという至情から生まれた女性の会。最初の挿絵では座っている人々すべてが花月巻風の、前髪の張った、「何れも手束(テヅク)ねと見える、油気さえ薄い束髪ばかり。これも例の勤倹尚武。髪結銭をその儘、恤兵部に納めようという」女性たちの群れ。それに対して日本髪は日本人本来のもの、異邦の真似である束髪こそやめて、日本人らしさを取り戻そう、というのがただ一人の丸髷婦人の言い分。束髪は外来のものという誤解が、この時代にもあった。(大丸 弘)
ID No. A04-190
出典資料 報知新聞
発行年月日 1904(明治37)年3月19日号 2面
小説のタイトル 軍国女気質(5)(2)
作者 巌谷小波(1870-1933)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D2ma:[丸髷]
Vob:[帯]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
時代区分・年代 20世紀初め;1904(明治37)年
国名 日本
キーワード 花月巻風;お太鼓結び;帯揚げ;座布団;襖(ふすま)
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥
関連情報 A04-189, A04-190