近代日本の身装文化(身装画像)
説明 いわゆる大津事件で警備の巡査津田三蔵に斬りつけられた、その時点では皇太子だった後のニコライ二世を主人公とした、際物小説。挿絵は京都祇園の料亭中村楼の、人力車夫たちの供待所(トモマチジョ)で、事件前夜のこととしている。津田三蔵を取り押さえたのは直接にはふたりの人力車夫だった。この日の本文中にもその中のひとりの実名が出ている。外国の賓客一行が宿泊するような大きな旅宿には抱えの車夫がいて、いまたむろしている車夫たちも常磐ホテルという揃いの法被を着ている。しかしもちろん臨時雇いの者もいるだろう。事件のあった1891(明治24)年といえば、変転のあった人力車夫の服装もすでにほぼ固まっていた。ことにお抱え車夫といえば俗に黒鴨といわれる、濃紺の法被、腹掛、股引、足袋で、腰に巻いた三尺帯ぐらいでしか区別のしようがなかった。大正から昭和の戦前期になると、お抱えとかぎらず、駅待ちの車夫もすべてこの恰好になっていた。(大丸 弘)
ID No. A04-122
出典資料 都新聞
発行年月日 1904(明治37)年3月2日号 1面
画家・撮影者 松本洗耳(1869-1906)
小説のタイトル 濁士皇帝(ニコラスこうてい)(1)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ji:[人力車夫]
Vob:[帯]
Vmom:[股引]
Vta:[足袋]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
時代区分・年代 20世紀初め;1904(明治37)年
国名 日本
特定地域 京都;祇園
キーワード 供待所(ともまちじょ);法被;腹掛け;三尺帯;床几
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥;群像