近代日本の身装文化(身装画像)
説明 伯爵を訪れた「年輩三十四五の男、いわゆる壮士風の一物ありげに肩を怒らせて」、玄関の正面に立つ。壮士というような稼業をしている人間の多くは書生崩れが多いので、その風体も書生風がふつうだ。書生崩れが多いというのは、言いがかりをつけることや相手を難詰することが商売だから、弁の立つことが絶対条件のためだ。もちろん着るものに決まりがあるわけではないが、ハイカラぶったりすることは避けるので、どうしても質朴で、古風な恰好になる。太いステッキ、太い鼻緒の、まな板のような薩摩下駄か高足駄、短めの袴を裾みじかに穿き、羽織の紐は長く垂らす――などというのはすべて相手を威嚇するためである。(大丸 弘)
ID No. A04-088
出典資料 東京日日新聞
発行年月日 1905(明治38)年1月29日号 7面
小説のタイトル 摩訶波旬 大悪魔(30)
作者 村上浪六(1865-1944)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Vhao:[羽織]
Vham:[袴(男性)]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wtu:[杖;ステッキ;松葉杖]
D802:[脅し・怒り・叱責・威圧・威厳の表現]
時代区分・年代 20世紀初め;1904(明治37)年
国名 日本
キーワード 政治活動家;壮士;書生風;薩摩下駄;鼻緒;羽織紐
男女別 男性
体の部分 全身
備考 発行年誤植