近代日本の身装文化(身装画像)
説明 浅草公園、花屋敷辺の待合で、いわゆる白首の娼婦を呼んだ男。吉原から遠くないのだが、廓のしきたりの面倒さが嫌われて、明治から大正にかけてはいわゆる十二階下の魔窟が繁昌した。「打扮(デタチ=みなり)からして、褄を取っている者のようでもなく、囲い者のようでもなく、無論生娘でも銘酒屋の女でもない、あるいは高等地獄であろうか、又は洋妾(ラシャメン)上がりであろうか、風俗が純粋でないので、人種までも言い当てることが出来ない」という代物。極彩色の若作り、というのは挿絵ではわからないが、着ている縞のきものも覗いている半襟も、赤みの勝ったものなのだろう。歳は二十から二十五,六までと幅が広いが、髪はふつうは十代の娘が結う、蝶々か唐人髷のように見える。(大丸 弘)
ID No. A02-033
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1902(明治35)年4月23日号 4面
小説のタイトル 夢がたり(2)
作者 武田仰天子(1854-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H13:[(吉原などの)茶屋の座敷]
D2ni:[日本髪一般]
Vhao:[羽織]
D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
時代区分・年代 20世紀初め;1902(明治35)年
国名 日本
特定地域 東京;浅草
キーワード 白首(しろくび);娼婦;蝶々髷;唐人髷;黒紋付き羽織;横座り;座布団;火鉢
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥