近代日本の身装文化(身装画像)
説明 夫に死なれて婚家を離縁され、実家に戻って家業の小間物屋の手伝いに日を送っている女。長らく無造作な櫛巻にしていた髪を、このところは銀杏返しに結い変えた。駄菓子屋ではないのだから、店に出るには櫛巻では具合が悪いにちがいない。銀杏返しは無性格な髪で、娘でも人妻でも、堅気の女でも水商売でも結えた。「子を産まねば姿にも変わりなく、つくらぬ生え際は自然に冨士山形を作りて」というのはもって生まれた美貌の説明の一部。額はあまり広くなく、挿絵のような生え際がよしとされた。勝手なときに奥の一間へ来て、古い写真を取り出して眺めていることがある。黒襟付きのきものはずいぶん低いところで合わせているが、下の半襟は深く打ち合わせているので、胸がだらしがないというのではなく、1920年代以前のこの時代の風俗。(大丸 弘)
ID No. A02-018
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1902(明治35)年5月26日号 7面
小説のタイトル 男食ひ(7)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2ic:[銀杏返し]
Vka:[掛襟]
Vhan:[半襟]
D3ut:[打合せ;襟あき;ぬき襟]
H6:[和座敷一般]
G043:[縁先;縁端]
時代区分・年代 20世紀初め;1902(明治35)年
国名 日本
キーワード 未亡人;富士額;竪縞のきもの;黒襟;箪笥(たんす);文箱(ふばこ);写真;障子;縁側
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥