近代日本の身装文化(身装画像)
説明 病家を見舞った医師が、たまたまその家の主人の藤岡と挨拶を交わしている。ふたりともこの時代らしくかなり縁の広い中折帽。帽子を被る習慣ができて以来、その帽子が挨拶の小道具として役に立つようになる。ときにはその帽子の縁に手をかけるだけで軽い会釈の意味にも。帽子が廃れた現代では夏にソフトハットや野球帽を被っているような場合でも、その扱いが下手になってしまった。医師は黒紋附の羽織に縞のきもの、ノメリの下駄を履いて往診鞄を片手に提げている。相手はこの村の物持ちで、「外套の袖を風に吹かせて」と前回の本文にあるように、トンビを和服の上に羽織っている。このトンビにはベルトが付いているが、ベルト付きだから独逸鳶(ドイツトンビ)という、とはかならずしも決まっていないようだ。(大丸 弘)
ID No. A02-004
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1902(明治35)年1月9日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 新年梅(7)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4is:[医師;看護婦;病人の世話をする人]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
D1hi:[ひげ]
Vhao:[羽織]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wka:[鞄]
Vwa:[男性和装外套]
時代区分・年代 20世紀初め;1902(明治35)年
国名 日本
キーワード 医者;中折帽子;中折れ帽子;八字髭;黒紋付き羽織;竪縞のきもの;のめり下駄;革かばん;[インバネス;トンビ;鳶(とんび);二重回し;二重廻し;二重外套];後ろ姿;背面
男女別 男性
体の部分 全身