近代日本の身装文化(身装画像)
説明 娘が華族の若様と婚礼をあげたということで、それを無かったことにするよう説得している母親。母親は東京の下町の銘酒屋の女将。丸髷を結い眉を落としているのは、下町ではまだこの時分ありふれたことだった。娘の結っているのは揚巻の束髪。一時人気のなかった束髪は、日清戦争(1894年,1895年)後あたりから盛り返してきた。とはいえだいたいは、山の手のやや身分のある女性、女学生や女学校出の女性、などが多かった。このときも、「お歌が僅かの間に何処ともなく面変わりして、華族の令嬢といっても恥ずかしくないように見られるのは、島田を束髪にしたせいかと訝しそうに見やった」とある。母親の傍に控えているのは、華族家の家従。(大丸 弘)
ID No. A01-070
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1901(明治34)年9月6日号 4面
小説のタイトル 水彩色(みずさいしき)(23)
作者 加藤眠柳(生年不詳-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
Qkas:[絣]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D2ma:[丸髷]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
Wne:[ネクタイ;ネックバンド]
時代区分・年代 20世紀初め;1901(明治34)年
国名 日本
キーワード 揚巻;飛白のきもの;お太鼓結び;眉落とし;竪縞のきもの;家従(かじゅう);ジャケット;ズボン;座布団
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥