近代日本の身装文化(身装画像)
説明 家作持ちの家を訪れたのは三十前後の色白の年増、夫と死に別れたあと生花を教えるために、二階のある六間の家を借りようと。寺裏の寂しい場所で女中とのふたり暮らしだが、「私は変人で淋しいところが好き」と自分から言う。「小紋縮緬の小袖の上に、五つ紋の黒七子の被布を着ている」。羽織と比べると被布はいくぶんもったいぶった感じもあるので、御隠居さんや、師匠とか宗匠とかいわれる身分の人に向いている。髪は既婚のしるしの丸髷。薄痘痕(ウスアバタ)のあることを繰りかえしているが、幕末明治初期を通じて種痘は奨励はしたが強制ではなかったこともあり、1920年代頃まで疱瘡の跡の、女性だったら化粧で隠せる程度の薄痘痕を持つ人は、そうめずらしいことではなかったらしい。(大丸 弘)
ID No. A01-051
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1901(明治34)年3月27日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 何(2)
作者 武田仰天子(1854-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2ma:[丸髷]
Vhi:[被布]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀初め;1901(明治34)年
国名 日本
キーワード 小紋縮緬のきもの;五つ紋の被布;竪縞の羽織
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥