近代日本の身装文化(身装画像)
説明 三人の同じ男女の場面が続くため、気分を変えてこの日は、女の行状に関連した法界節(ホウカイブシ)芸人を出したものだろう。「ある時は女役者の群に入り、またある時は女演説つかいとなり」とあって、法界節とはいってないが、「月琴を弾くことを覚え、街々を歌い廻りて」とあれば、この時代では法界節ということになる。法界節は『東京風俗志』にも描かれているが、この挿絵の恰好とは少しちがう。しょせん流しの半素人芸人だから、決まった衣裳があるはずはない。『東京風俗志』では墨染めの法衣を着ている。これは破戒僧とはいえ、法界坊は僧侶だからだ。それに比べると、この挿絵ではずっと芸人っぽくなっている。画家の右田年英は彼らを実見しているはずだから、この挿絵も貴重な資料のひとつになる。法界坊は1784(天明4)年に初演された歌舞伎の喜劇にはじめて取り上げられ、それが月琴と結びついたのは明治に入ってからで、『東京風俗志』の出たころの1898(明治31)年でもけっこう人気があったらしく、1902(明治35)年11月3日の[朝日新聞]に、「法界屋の徴兵忌避」として、「深川の夫婦が毎日法界節を謡いて市中を稼ぎ廻り、踊りも妙を得ていて内福に暮らしていた」という記事がある。法界坊についていま存命の人の記憶にあるのは、1938(昭和13)年に封切られた《エノケンの法界坊》だろう。ただしこれは歌舞伎の原作『隅田川続俤(スミダガワゴニチノオモカゲ)』に基づいたストーリーで、法界節の流し芸人とは関係ない。(大丸 弘)
ID No. A01-043
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1901(明治34)年3月25日号 4面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 遺物の軸(かたみのじく)(5)
作者 半井桃水(1860-1925)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4da:[大道芸人;流し芸人;乞食芸人; 乞食芸人ー河原乞食とは異なる]
Wkab:[笠]
Vtas:[襷]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 20世紀初め;1901(明治34)年
国名 日本
キーワード 法界節(ほうかいぶし);法界屋;門付け;菅笠;襷掛け;月琴
男女別 男性
体の部分 全身