近代日本の身装文化(身装画像)
説明 証文を間に置いて、借金の返済を迫る場面。寒いときの来客には座布団のかたわらに手あぶりの火鉢を出す。そのために陶製や木製の小火鉢には、縁に提げて運ぶための小さな孔の空いているものもあった。貸金の返済の強談判をしている中年の女性にはこまかな衣裳付けがある。「年にも恥じず、小皺の寄りたる顔へ薄化粧して、身には風通織の三枚小袖、黒七子五所紋の羽織を優に着て、水々したる髪を束髪に取り上げたる様、見るから嘔吐を催さんばかりなり(……)」。三枚小袖といえば綿入の三枚襲で、この時代にはもう正月などの晴着以外には、かなり仰々しいものになっていた。あまり人気のなかった束髪を結っているのは、ミッションスクールの教師をしていたためだろう。(大丸 弘)
ID No. A01-025
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1901(明治34)年1月10日号 4面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 神楽獅子(8)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀初め;1901(明治34)年
国名 日本
キーワード 眉落とし;三枚小袖;三枚襲;黒七子五所紋の羽織;火鉢
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥