近代日本の身装文化(身装画像)
説明 本文冒頭に、「市ヶ谷監獄の女監第一三号の房」とある。新宿区市ヶ谷にはかつて市ヶ谷監獄と東京監獄の両方があったので紛らわしい。監獄という言い方は1922(大正11)年に刑務所と改まるが、これはまだ監獄の時代。1889(明治22)年の内務省令〈監獄則施行細則〉にはつぎのような規定がある。「囚人の衣類は赭色、懲治人刑事被告人の衣類は浅葱色、すべて筒袖で、男は長短二種で就役服は短衣、女はすべて長衣。通常服は単衣、袷、綿入、襦袢。就役服は単衣、袷、綿入、襦袢、股引。ただし婦女には股引に代わり前垂れを貸与できる。この他に帯、褌(フンドシ)、手斤、蓑、笠、履物」。この規定にはないが長髪は許されず、女性も切り髪をザッと括るだけ。またこの挿絵では帯のようなものを使っているが、帯、紐のたぐいは厳禁だった。(大丸 弘)
ID No. A01-015
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1901(明治34)年4月20日号 8面
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 懸賞小説第1等当選 無花果(24)
作者 中村春雨(中村吉蔵)(1877-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G453:[刑務所;捕虜収容所]
D4sh:[囚人]
D2:[ヘアスタイル]
時代区分・年代 20世紀初め;1901(明治34)年
国名 日本
特定地域 東京;市ヶ谷
キーワード 監獄;女囚
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥