| 文献番号 | 01_AR057877 |
|---|---|
| 著者名 | 伊藤亜紀/イトウ アキ |
| 書名・論文名 | 失われたポルポラ : 中世末期イタリアにおける赤の染色と象徴 |
| 掲載誌名 | イタリア学会誌 48 |
| 発行年月日 | 1998 (10) |
| 掲載ページ | pp.203-226 |
| OWC | EI |
| 地域・民族名 | イタリア;バチカン市国;サンマリノ |
| 時代通称名 | 中世末期 |
| 抄録 | ポルポラの終焉 …murexもまた[purpuraと]同様の[性質を備えている]が、咽喉の中央に、衣服を染めるためにと[人びとが]求めるあの紫の花をもっている。そこには白い管があって、ごく少量の液体が含まれているが、ここからあの貴重な黒っぽい薔薇色に輝く染料がとれるのである。しかし身体の他の部分からは、なにもとれない。…ローマの束桿と斧とがそれ(purpura)に途を拓き、加えて少年期の威厳のしるしともなる。そしてそれは元老院を騎士階級から区別し、神々の恩寵を得んがために求められ、またあらゆる衣に輝きをあたえてくれる。そして凱旋用の衣服においては金とあわされる。それゆえpurpuraへの気ちがいじみた執着も弁明の余地があるというものだろう。しかしまあ、どうしたわけでこの貝に[これほどの]額が支払われるのであろうか? 染料として使用される折には悪臭を発し、荒海の如き陰気な鉛色をしているというのに? プリニウスが『博物誌』の中で詳細に述べ伝えているとおり、古代地中海沿岸諸国では、海辺に棲息する3種のホネガイ(murex brandaris、murex trunculus、purpura haemastoma)が赤紫染料の原材料として珍重された。それはこの染料による染め上がりが美しかったからであることはいうまでもないが、また当時としては唯一といっていいほど色落ちのしにくいものだったからである。さらにこの染料の価値をいやが上にでも高めたのは、その稀少価値性であった。すなわちこの貝から得られる白い分泌液は、1個あたり3、4滴に過ぎないので、100gの羊毛を染めるのに必要な液を採取するには、じつに12000個もの貝を要する。しかもこれがそのまま染料となるわけではなく、集めた液に塩を加え、10日間泡をすくいながら加熱し、不純物を取り除くという、じつに手間のかかる行程が待っているのである。しかし中世に入ると、murexやpurpura-以下、「ポルポラ」と総称する-を用いた染料は、ヨーロッパの各地から次々と姿を消していった。すでに紀元500年頃には、イタリアではポルポラの染色工はほとんどみられなくなり、わずかにタラントからラヴェンナの皇帝テオドリックに、ポルポラ染めの布が送られるにすぎないという状態に陥っていた。その後もビザンティン帝国下のコンスタンティノポリスやパレルモでは、細々とポルポラ染色が続けられていたにせよ、その用途は主に羊皮紙写本や文書を染めるというものであって、1453年にトルコによって帝国が崩壊すると、それと共にこの染色も完全に終わりを告げたのであった。そのことは、ヴェネツィアで14-16世紀の間に書かれた商業指南書や染色マニュアルのいずれにもポルポラに関する記載がないという事実からも窺い知れる。また染料としてのポルポラのみならず、porpora(紫色)という色名も極端に使用頻度が減っていた。例えばジョヴァンニ・ヴィッラーニの年代記は、王政ローマ時代のトゥッルス・ホスティリウス(I, 28)、教皇ヨハネス22世を廃位に追いやろうとした神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世(XI, 70)、そして1348年にナポリに侵攻したハンガリー王ラヨシュ1世(XIII, 112)が、民衆に対するデモンストレーションのひとつとしてporporaの衣をまとったことを伝えているが、ジョヴァンニの弟マッテオとその子フィリッポによって書き継がれた年代記には、poropraという語はただの一度もあらわれず、代わりに重要任務を帯びた使節等の服の色としてscarlatto(緋色)が、しばしばみられるようになる(III, 13; IV, 49と54; IX, 44; XI, 71)。このことはとりもなおさずporporaがscarlattoに最高の色としての地位をあけわたしたことを意味している。いみじくもジョヴァンニ・セルカンビは『ルッカ年代記』の1368年の記事で次のような警句を発している。「塩以外の味はなく、scerlacto以上の色はなく、ピサ人以上の裏切者はいない」と。この小論では、ポルポラの染色技術が失われて久しい14-16世紀のイタリアで、このような赤色染料が用いられていたか、そして如何なる人物が赤を着たか、さらにそんな世相が当時の人びとのもつ赤という色彩のイメージをどのように変えていったかをみていくことにする。 |
| 身装概念 | EQ108.2:[赤] EQ17:[染色;染め;染物;染色性] DP163:[象徴;象徴性;シンボリズム] |
| 服装専門分類 | EQ1:[表面特性;布地] |
| リンク | 国立情報学研究所 CiNii |